コチュジャンを一言でいうと
韓国の、甘くて辛い発酵みそです。唐辛子の粉(コチュカル)、もち米、メジュ(発酵させた大豆)の粉、麦芽の粉、塩で作ります。甘さは、炊いたもち米のでんぷんが、発酵の間に糖に変わることから来ます。昔は、裏庭の石の台(チャンドクテ)に並べた土のかめで、何年もかけて自然に発酵させたと、英語版ウィキペディアは書いています。
| どこで | 韓国(朝鮮半島)。淳昌(スンチャン)の物は14世紀から名産とされる |
|---|---|
| 何から | 唐辛子の粉・もち米・メジュの粉・麦芽・塩 |
| 寝かせる時間 | 昔ながらの物は、かめで長く(何年も) |
| 働く微生物 | メジュの粉と麦芽の酵素が、もち米を甘くする |
| 納豆との違い | 大豆は粉にしたメジュとして少し入るだけ。塩と唐辛子のみそ |
食べ方: 甘辛いもちの炒め煮「トッポッキ」
英語版ウィキペディアは、コチュジャンを使う料理として、ビビンバ、トッポッキ、サラダ、鍋、汁物、肉の漬けだれを挙げています。料理を辛くするだけでなく、甘く、いぶしたような味にもする、と書いています。
中でもトッポッキは、コチュジャンで味が変わった料理です。同じく英語版ウィキペディアによると、もともと宮中のトッポッキは、牛肉・ごま油・醤油などで味つけした、辛くない醤油味でした。コチュジャンで煮る赤いトッポッキは、1953年が始まりとされます。マ・ボンニムさんが、中華料理店の開店祝いで配られたもちを、うっかりジャージャー麺に落とし、おいしかったことから、もちをコチュジャンで味つけすることを思いつき、ソウルの新堂洞(シンダンドン)で売り始めたそうです。今では屋台や軽食の店で食べる、赤くて辛いトッポッキがふつうになり、辛くない醤油味の物は「宮中トッポッキ」と呼ばれています。
作り方の記録
英語版ウィキペディアは、朝鮮時代の料理書に残る分量を2つ紹介しています。
- 『増補山林経済』: ふるったメジュの粉 18L、唐辛子の粉 540mL、もち米の粉 1.8L。かたさは汁物用の醤油で整える。
- 『閨閤叢書』(1809年): 大豆 18L ともち米 3.6L で作ったメジュの粉に、唐辛子の粉 900〜1,260mL と、もち米 3.6L で炊いたごはんを加える。
どちらも、唐辛子は少なく、メジュの粉がたっぷり入っています。今のコチュジャンの配合の一例として、同じページは、唐辛子の粉25%、もち米22.2%、メジュの粉5.5%、塩12.8%、麦芽5%、水29%を挙げています(出典の示されていない節の記述です)。1970年代の初めに工場で作った物が出回ると、家で作ることは減っていった、とも書いています。
納豆と比べると
コチュジャンの中の大豆は、テンジャンと同じメジュを粉にした物です。メジュの始めには、納豆の枯草菌と同じ Bacillus の仲間も働きますが、コチュジャンでは、その粉をもち米と唐辛子に混ぜ、塩をしてかめで寝かせます。英語版ウィキペディアによると、2024年に家内工業の昔ながらのコチュジャンを調べた研究では、食中毒を起こすことがあるセレウス菌(Bacillus cereus)が、韓国の勧める上限を超える物がありました。工場で決まった条件で作った物は、汚れが少ない傾向だそうです。
記録に残る、唐辛子のみそ
英語版ウィキペディアによると、「唐辛子のみそ(苦椒醬)」という言葉は、9世紀半ばの中国の『食医心鑑』や、1433年の朝鮮の『郷薬集成方』に出てきます。ただ、これらは、アメリカ大陸原産の唐辛子が16世紀の初めにポルトガルの商人によって東アジアに伝わるより前の記録です。朝鮮に伝わった唐辛子の記録は、1614年の『芝峯類説』に出てきます。
出典
- Wikipedia "Gochujang" https://en.wikipedia.org/wiki/Gochujang
- Wikipedia "Tteok-bokki" https://en.wikipedia.org/wiki/Tteok-bokki
このページは2026年10月15日に出典を開いて書きました。料理・製法は記録の紹介です。
